子育て罰
子育て罰
女性が結婚・出産・子育てに伴って被っている不利益、例えば、離職や収入の減少、子育てに伴う肉体的な負担、子育てに伴う時間など諸々の負担が、「罰」とも感じられるほどのストレスになっていることを表現したものではないかと私流に理解したがどうであろうか。
「子育て罰」のもともとの意味は、「Child penalty」の日本語訳だとのことである。
「子どもや親に冷たく厳しい政治や社会の在り方のことを『子育て罰』と書きました。だから、子育てをしている人が悪いのではなく、所得にかかわらず子育てで大変な親たちを追い詰められている社会や政治の方が罰を課しているんだという意味で使っているんです。」(※) p.170
「例を挙げればキリがないほど『社会のあらゆる場面』で子どもと親、とくに母親が『子育て罰』を受け続けているのが、日本社会なのです。」(※) p.125
なぜこのような社会に?
橋本健二氏(著)「新しい階級社会」にこのような記述があった。
「労働者階級は資本主義社会の下層階級だとはいえ、提供する労働力の価値に見合うだけの賃金、つまり長期にわたって生存し、労働し続けるために必要な賃金を保障される必要がある。さらにその賃金は、子どもを産み育てて、次世代の労働者階級を再生産するのに十分なものでなければならない。そうでなければ資本主義社会は次世代の労働者階級を確保することができず、存続の危機に立たされるからである。(中略)しかし現代のアンダークラスは、こうした十分な賃金を得ていない。どうやら現代の資本家階級は、先に示唆したように、自分が儲かりさえすればいいのであって、資本主義の長期的な存続など知ったことではない。だから子育ての費用なんか負担したくない、と考えるようになったようだ。」
先月号で「グローバル・エコノミーの終焉」と題して、「失われた30年」を紹介したが、ソ連崩壊により生まれた新自由主義社会の行き過ぎによる弊害が露呈したのであろう。
バイマーヤンジンさんの話
チベット出身の声楽家バイマーヤンジンさんの話を聞く機会があった。面積が日本の6.6倍もあって人口が僅か365万人しかいないチベットでは、今でも医者は少なく2日がかりで通わなければならないところで大家族主義で生活しており、子供は大家族みんなで見守り育てる。子供は10人が普通で半分が元気で育ってくれればよいという話であった。
明治時代の日本の子供
明治時代の日本を訪れたモースは日本の子供の様子を次のように書いている。(※) p.115、p.116
「私は・・・世界中で日本ほど子供が親切に取り扱われ、そこで子供のために深い注意が払われる国は無い。彼等は満足して幸福そうに遊び、私は今迄に、すねている子や身体的な刑罰は見たことがない。」
作家のイザベラ・バードも「・・・他人の子どもに対しても、適度に愛情をもって世話をしてやる。父も母も、自分の子に誇りを持っている。見て非常におもしろいのは・・・自分の子どもを・・・見せびらかしていることである。」
「子育て罰」は無くせるか
少子化対策の財源として、4月から「子ども・子育て支援金」の徴収制度が始まった。子育てに必要な時間・サービスを整えるにはどのようにすればよいのであろうか。
子育てには、バイマーヤンジンさんの話にあるように、家庭・家族・地域コミュニティが醸し出すお金に換えられない時間と空間が詰まっているし、明治の親たちのように何物にも代えがたい喜びもある。
子供が生まれて、人間が動物としてではなく人間として育つには、母親でなければできないことが数えきれないほどあり、子供が育つ時間はお金では買えない。
前記のように社会の仕組み(対価が賃金)が家族や家庭から個に移って「無縁社会」と言われるような社会になってしまった今では「子育て罰」を補うものは「ない」と言わざるを得ないであろう。
3月24日の産経新聞に「同居でも孤独死」という記事が出た。ふすま一枚が隔てた隣室での父の死を腐敗するまで気が付かなかった家族の事例が報告されていた。家族・家庭・地域コミュニティが壊れていると感じるのは私だけではない。
無縁社会の到来をどうしたら回避できるのであろうか。
(※) 末富芳氏・桜井啓太氏(著)「子育て罰 『親子に冷たい日本』を変えるには」
LR小川会計グループ
代表 小川 湧三

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