デフレから脱却できるか

素朴な疑問

「デフレから脱却できるか」など町の一税理士風情が語る筋合いのテーマではないが、ベルリンの壁崩壊と共に共産主義諸国が崩壊して以来、ずっと疑問に感じていたことが、いま、起きているデフレの正体ではないかと感じるようになった。

経済格差があった西側自由主義、資本主義諸国と計画経済を中心とした共産主義諸国がベルリンの壁の崩壊を境にソビエト連邦が解体し、ロシアほか中央アジアまで含めた十数か国が独立し、共産主義社会から、自由主義社会へむかって歩み始めた。

時を同じくしてプラザ 合意を境に日本はバブルの発生と崩壊を経て、共産主義諸国の崩壊と共に2~3年にわたり輸出産業を中心におおむね3カ月ごと業種ごとに頗行的に企業の業績が下がってきたのを覚えている。

しかし、共産主義という「イデオロギー壁」の崩壊という大事件にしては衝撃が弱い感じであった。

デフレの正体

それはいま振り返ってみると、イデオロギーの壁は崩壊したが、共産主義社会が自由主義社会へ移行するための、資本の移動や、資本主義、自由主義的な制度やシステム、産業の基盤となるインフラなど目に見えない壁が整備されていなかったためだっだと思う。

1992年中国は社会主義市場経済への移行を決めると法制度やシステムを急速に改め、またたく間に発展途上国から抜け出し、2001年にはWTOに加盟、2010年には遂に日本のGDPを抜くまでになった。

日本のデフレは中国がこのように急速に巨大化し、低賃金を武器に企業を吸い寄せ日本の産業空洞化を招き、国内の雇用条件の悪化を招いたことによると思う。

巨大な人口を持つ中国は一人当たりGDPの格差を日本の十分の一引き上げれば日本のGDPに追いついてしまうのである。

日本は戦略を間違えた

私は1988年から1997年まで 30 回以上東南アジアを視察で回ったが、なぜ中国を取り巻く東南アジア諸国へ目を向けないのだろうかと不思議に思っていた。

東南アジア諸国を発展させ、しかる後に中国と経済連携すべきではないかと素人ながら思ったものである。

しかし、いまさら繰り言を云っても始まらない。デフレは中国を急速に巨大化させてしまったために、起きてしまった極めて構造的なものである。

その間、ベルリンの壁崩壊の本質を見極めきれず誤った政策を続けてきた日本は島田晴雄氏に云わせれば成人病(糖尿病、心臓病、骨粗鬆症、分裂症)を患う身となってしまい、その上3・11 東日本大地震による大怪我をして重症患者になってし まった、と言っている。

東南アジアへのゲートウエイを目指せ

このままでいけば日本は中国との所得格差がもっと縮まるまで、さらには東南アジア諸国との所得格差が縮まるまでは緩やかにデフレは進行していくのではなかろうか。

これを解消するには中国や東南アジアの成長を日本にどう還元させ、取り込むかにかかっている。

成長する中国、東南アジアのマーケットへ積極的に進出し、日本のマーケットとして取り組むか、中国、東南アジアから日本への投資をどう呼び込むかにかかっていると思うのである。

アベノミクスが数値目標としてGNIを掲げたことはこの意味で正しい。

東南アジアの共通語は「英語」である。言葉の障壁を乗り越え、グローバル社会の中で、シンガポールのように、日本が欧米や南米などからの東南アジアへのゲートウエイになる国家戦略や、さ らには、対中経済戦略として世界のセンターを目指す国家戦略を明確に打ち出し、実行することである。

アベノミクスの成長戦略のように個別政策の積み上げだけでは、現在のデフレの脱却は難しいのではないか、読者の皆さんはどうお感じですか。

税理士法人LRパートナーズ 代表社員 小川 湧三

 


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