税制改正に望む

税の源泉は所得である

財政再建のかけ声のもといろいろな増税案が珍案、迷案も含めて200以上も出ているとのことである。外形標準課税もその一つである。先般神奈川県の財政再建の説明を受けた。一言で言えば支出を今まで通りの見積で税収不足を増税で賄おうと言うことである。税収は経済活動から生じる余剰からしか負担しえない。景気低迷のなか赤字法人にも課税しようという外形標準課税はこの原則に反するものである。

入るを計って出るを制す

地方分権が叫ばれる中、地方自治体はその運営の転換が求められているのではないだろうか。神奈川県ではかって県立高校100校計画と言うのがあったと記憶している。今度は思い切って20校に縮小し、80校は私学に移管するのも検討の余地があるのではなかろうか。

公共施設の多くは一等地にある。これらの施設は税収の対象にならないばかりか、運営維持に多額の助成金や運営上のランニングコストがかかっている。定期借家権による賃貸や民間委託を進めることによってコストの削減ができるばかりではなく、逆に民間からの税収が期待できるのではないだろうか。「入るを計って出るを制す」、増税を目指す前に「小さな政府」を望むものである。

海野七生「ローマの街角から」

海野七生著「ローマの街角から」を読んでいたらローマの税制について述べられているところがあった。

P.37:「古代ローマの税制改革を勉強してわかったのは、税制とは、単に税の徴収のシステムではなく、その改革とは社会改革であり、改革を行うに際しての心の持ちようは、政治をすることと同じものでなければならないと言うことであった。つまり、税金とは取りやすいところから取って済むものではなく、将来の生産につながる線上で考慮さるべきもの、と言うことである。」

P.230:「ローマ帝国を書き続ける中で痛感するのは、善政の根幹は税制にあるという一事である。このローマ帝国の税制度について現代の学者は、広く浅く税金をとる考えに立ちそれを実現した、と言っている。経済学の存在しない時代になぜこのようなことが考えられたのかと、だいぶ私も考えたのだが、経済学がなかったから考えられたのだ、という結論に至っている。

つまり、払わなければならないとは思う税金を、どの程度までなら重税感を持たせずに払えるかを配慮して決めた税率なのである。そして、その税率で払われる税金で賄えない分野は民活にゆだねる。少なくとも2世紀までのローマ帝国は、現代の言葉を使えば「小さな政府」であったと確言できる。

21世紀は、どこの国で税金を払うかを、納税者が選べる時代になるだろう。税収を確保するためにも、税制度は「魅力的」に変わる必要がある。」

参考になれば幸いである。

(小川 湧三)

 


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