第89回 【SFから産業インフラへ②】物理世界でAIと協働するための新・プロンプト思考

情報セキュリティ連載
第89回 試される人工知能の実力
【SFから産業インフラへ②】物理世界でAIと協働するための新・プロンプト思考

【前編】ロボットの台頭と「物理的知性」の壁

前回から引き続き、身体能力を得だしているAIについて考察していきたいと思います。生成AIが私たちの生活やビジネスの風景を急速に塗り替え始めてから数年、その進化は新たな次元へと突入しようとしています。

これまで主に情報空間(Information Space)でテキストや画像を生成してきたAIは、「身体」を手に入れ、私たちが存在する物理空間(Physical Space)での「労働力」として現実世界に登場する目前に迫っています。

人型ロボットFigure 03の衝撃的な動画(QRコード)をご覧いただければ分かる通り、生成AIを搭載したロボット(以下、ヒューマノイド)が、人間と自然な対話を行いながら物理的なタスクを遂行する能力は、もはやSFの世界ではありません。これは具体的な生産計画を伴う「産業的現実」です。

1 牽引役テスラの野心とプラットフォーム競争

この変革を力強く牽引しているのが、テスラ、Figure AI、Agility Roboticsといった先進企業です。テスラは「Optimus」の開発において、2025年に1万台、2027年には50万台という極めて野心的な生産目標を掲げています。

また、2022年設立のFigure AIは、BMWの米国工場と商業契約を締結し、研究室レベルではなく実際の製造現場での導入を開始しました。MicrosoftやOpenAI、ジェフ・ベゾスといった巨大資本が投資を行っている事実は、これが単なるハードウェア開発競争ではなく、物理世界への「出口」を巡るプラットフォーム競争であることを示しています。

2 投資が加速する背景と人間の役割

なぜ今、投資が加速しているのか。背景には「労働力不足」「労働安全の確保」という産業社会の切実な課題があります。経済産業研究所の分析にある通り、技術革新は歴史的に「省力化」「安全確保」を目的としてきました。ヒューマノイドはまさにこの文脈に位置します。

従来の産業用ロボットが「特化型」であったのに対し、ヒューマノイドは「汎用型(General-purpose)」を目指しており、導入のために工場のレイアウトを変更する必要がありません。

この変化に伴い、人間に求められる役割は、物理作業そのものから「ロボットに何をすべきかを指示・管理する」役割へとシフトします。次世代の労働者には、「的確な指示(プロンプト)を送る能力」が必須となるのです。

3 情報空間のAIと物理世界のAI、その根本的断絶

人間の役割が「指示」へと移行する中で、私たちは「プロンプト構成の深い理解」という本質的な課題に直面します。

これを理解するには、ChatGPTのような「情報空間のAI」と、これから向き合う「物理空間のヒューマノイド」との間に存在する、根本的な断絶を認識しなければなりません。

LLM(大規模言語モデル)は統計的パターンを習得していますが、その理解は記号の領域に留まります。一方、ヒューマノイドは重力や摩擦が支配する実世界で行動しなければなりません。この「身体性」がプロンプトの性質を覆します。

4 立ちはだかる「モラベックのパラドックス」

ここで「モラベックのパラドックス」が立ちはだかります。「高度な推論はAIにとって容易だが、歩行や物体認識といった人間にとって簡単なことは極めて難しい」という逆説です。

「シャツを畳む」といったタスクは、AIが実体験に基づく「物理的知性(Physical Intelligence)」を欠いているため、極めて困難な挑戦となります。

5 「グラウンディング(接地)」なき知性とリスクの増大

AIの知識は物理世界に「グラウンディング(接地)」されていません。「カップ」という単語を知っていても、その機能的意味(アフォーダンス)を体感として理解していないのです。

この欠如は「リスクの非対称性」を生みます。Web上のAIへの指示ミスは情報の誤りで済みますが、ヒューマノイドへの指示ミスは製品破損や人身事故に直結します。

ここで最大のリスク要因となるのが、指示に含まれる「曖昧さ(Ambiguity)」です。「少し動かして」「そっと置いて」といった人間特有の曖昧な指示は、物理世界では凶器になり得ます。

私たちは創造性を引き出すスキルから、曖昧さを排除し安全性を担保するスキルへと、意識を転換しなければなりません。

《参考文献》

(※ほっとタイムス2025年12月号と同様)

『覆面AIがいる日常、米国発の生産性革命 行き着く先は超成長か破滅か-AIが変えるアメリカ』2025年11月11日付 日経速報ニュース
『AIとの共生 SF小説で道探る――SF作家の予見、未来に思い馳せ(何でもランキング)』2025年10月25日付 日経プラスワン
『コンビニ「人型」レジ係 東大発新興、AI活用 店舗業務3~5割代替』2025年8月20日付 日本経済新聞
『ヒト型ロボット1日10万円から貸し出し GMO、AI搭載で接客にも対応』2025年11月8日付 日経速報ニュース

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figure03の動画(YouTube)

 

 

 

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