第83回 現実世界を動かすAI:Waymoの自動運転技術③
前回までは、生成AIとは対照的に、現実世界で物理的な「行動」を実行するAI技術である自動運転に焦点を当て、Waymoの自動運転システム「Waymo Driver」の核心技術、それを支える高精度地図(HDマップ)の重要性、そしてWaymoが目指す自動運転のレベルについて解説しました。
今回は、Waymoが米国でどのように自動運転サービスを展開してきたのか、そして現在、東京でどのような活動を進めているのかについて詳しく見ていきます。AIが現実世界をどのように変えようとしているのか、その未来への展望についても考察します。
米国での実績を携え、ついに東京へ
Waymoは、このレベル4の自動運転技術を搭載した配車サービス「Waymo One」を、世界に先駆けて実用化してきました。2018年にアリゾナ州フェニックスの一部地域で一般向けサービスを開始して以来、徐々にエリアを拡大。その後、カリフォルニア州サンフランシスコ、そしてロサンゼルスといった、より交通環境が複雑で大規模な都市へとサービスを展開しています。
これらの都市では、利用者がスマートフォンのアプリでWaymoの車両を呼び出すと、ステアリングホイールもペダルもない(あるいはあってもドライバーが座っていない)完全自動運転車が迎えに来て、目的地まで安全かつスムーズに送り届けてくれるという、まさに未来の移動体験が現実のものとなっています。
そして2025年、そのWaymoが豊富な運用実績と洗練された技術を携え、次なる大きな一歩として、初の米国外市場となる日本への進出を開始しました。日本の大手タクシー事業者である日本交通や、国内最大の配車アプリ「GO」を運営するGO株式会社と戦略的に手を組み、世界で最も交通環境が複雑な都市の一つである東京での活動をスタートさせたのです。
ただし、ここで強調しておきたいのは、現在の東京での活動は、まだ米国のような完全自動運転サービスやそのテスト走行ではない、という点です。現段階では、訓練された専門のドライバーが常にハンドルを握り、手動で運転しながら、Waymoのセンサーシステムを使って東京特有の複雑な交通環境に関するデータを収集している最中です。
左側通行、狭く入り組んだ道路構造、多様で時に曖昧さも含む道路標識、歩行者や自転車が非常に多い交通環境、そして日本独自の運転文化や習慣など、Waymo Driverを日本のユニークな環境に最適化するための、いわば不可欠な「学習期間」と言えるでしょう。
提携先の日本交通やGOの知見も活用しながら、将来的な日本での自動運転サービス展開に向けた基盤を着実に築いている段階と考えられます。自動運転でのテスト走行やサービス開始の具体的な時期については、Waymoは「未定」としており、慎重な姿勢を示しています。
まとめ:AIは対話から物理世界へ、未来への序章
Waymoが東京で始めたデータ収集は、まさにAIが現実世界を動かす「フィジカルAI」時代の本格的な到来を感じさせる象徴的な出来事です。前回取り上げた生成AIが言葉や画像を紡ぎ出すように、Waymoの自動運転AIは、複雑な物理世界の法則を理解し、リアルタイムで状況を認識・判断し、そして実際に車という物理的な存在を動かします。
半導体大手NVIDIAのキーマンが語るように、AI技術の進化の恩恵は、今まさにチャットボットのような対話型AIから、自動運転車や、さらには工場や倉庫で人間と協働することが期待されるヒューマノイドロボットといった物理的な実装へと、その主戦場を移しつつあります。
Waymoのような最先端の自動運転システムの開発や、将来のロボット社会の実現には、現実世界を仮想空間で正確に再現し、AIを安全かつ効率的に訓練するための高度なシミュレーション技術が不可欠であり、そのための膨大な計算能力をNVIDIAのような企業が強力に支えているのです。
フィジカルAIは、言語よりも複雑な物理法則を理解する必要があり、シミュレーションはその学習プロセスにおいて決定的な役割を果たします。
もちろん、NVIDIA幹部も指摘するように、天候や場所に一切制限されず、文字通り「どこへでも」行ける真の完全自動運転「レベル5」の実現には、センサーの限界(特に悪天候時)や高コストといった技術的・経済的な課題も多く、社会全体への普及にはまだ10年以上かかるという見方が有力です。
しかし、Waymoが米国でサービスとして実現し、そして東京での適用を目指す「レベル4」の自動運転技術は、着実にその適用範囲を広げ、私たちの社会に浸透し始めており、交通事故の削減、交通渋滞の緩和、高齢者や交通弱者の移動支援など、社会に大きな便益をもたらす可能性を秘めています。
AIはもはや、単なる情報処理や対話のツールではありません。私たちの物理的な世界に入り込み、移動を助け、様々な作業を代行するパートナーへと進化しようとしています。Waymoの東京での挑戦は、AIが車やロボットに組み込まれ、私たちの生活や産業を根底から変えていく、その大きな変化の序章に過ぎないのかもしれません。

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