相続税と戦争
2026/09/09私たちの生活に深く関わる相続税ですが、その誕生と展開の歴史を紐解くと、「戦争」という国家の非常事態と密接に結びついていることが分かります。
日本の相続税は、明治38年(1905年)、日露戦争の戦費調達を目的に創設されました。国家の危機を乗り切るための税制ですが、その一方で、戦前の旧相続税法には、国のために命を捧げた軍人らが戦地で死亡した場合、相続税を免除(非課税)とする特例規定が存在しました。
銃後(戦地の後方・銃を持たない人々)の遺族の生活を守り、その犠牲に報いるための措置でした。
この「戦死非課税」を巡り、太平洋戦争中に大論争となったのが、旧加賀藩主・前田家の当主であった前田利為(としなり)陸軍中将の急逝です。
昭和17年(1942年)、ボルネオ守備軍司令官の前田中将は、乗っていた飛行機の墜落により帰らぬ人となりました。
当時、戦闘による死亡は「戦死」とされましたが、原因が特定できない墜落などは「陣没(殉職)」と扱われる傾向があり、陣没には非課税規定が適用されませんでした。
美術品を含む巨万の富を有する前田家にとって、中将の死が「戦死」か「陣没」かは、莫大な相続税が課されるかどうかの死活問題でした。
当時、前田中将と東条英機首相の確執が噂されていたこともあり、「国が前田家の財産を狙って意図的に陣没にしようとしている」との憶測が飛び交い、帝国議会での大論争に発展したのです。
10カ月におよぶ論争の末、最終的に「戦死」と認定され、前田家への相続税は免除され、美術品等の散逸も免れました。
戦後、日本国憲法の制定とともに税制は刷新され、現行の相続税法に「戦死非課税」の規定はありません。これは、平和国家としての歩みを選択した証でもあります。税制は国家のあり方を映す鏡です。
かつて一族の命運を左右したこの特例が、二度と我が国の税法に復活することのないよう、平和な社会が続くことを切に願わざるを得ません。

税理士法人LRパートナーズ
川崎事務所所長 嶋田 栄一

