第95回 AIに突破される「お城の壁」 身代金を払っても終わらないランサムウェアの恐怖
2026/08/06情報セキュリティ連載
第95回 試される人工知能の実力
【特集②】AIに突破される「お城の壁」 身代金を払っても終わらないランサムウェアの恐怖
前回は、ソフトウェアの不具合(バグ)を瞬時に見抜く新型AI「クロード・ミュトス」がもたらす国家覇権の危機について解説しました。ミュトスは守りに使えば強力な盾になりますが、攻撃者の手に渡れば、私たちのシステムを一瞬で破壊する「デジタル核兵器」になり得ます。
今回は、このミュトス級のAIが攻撃側に回ったとき、私たちが普段頼りにしている従来のウイルス対策がなぜ通用しなくなるのか、そして壁を突破された後に待ち受ける「ランサムウェアの絶望的な実態」について解説します。
1 「未知の弱点」を瞬時に暴き出すAIの脅威
これまで長らく主流だったウイルス対策は、「過去のウイルスの指紋(パターンファイル)」と照らし合わせる方法でした。しかし、ミュトスのような高性能AIの前では、この「指紋チェック」は全く機能しません。
ミュトスは、従来とは桁違いの速度でシステムの弱点を見抜く力を持ちます。実際、ミュトスを利用した米テック企業中心の約50社において、2025年だけでなんと1万件以上の「脆弱性(システムの欠陥)」が見つかったと報告されています。オープンソースのソフトウェアを解析したケースでは、ミュトスが危険度が高いと警告した620件の脆弱性のうち、約6割が実際に危険度の高いものでした。
攻撃者がこのAIを使えば、システム開発者すら気づいていない「未知の脆弱性」を全自動で探し出し、修正プログラムが配られる前に攻撃を仕掛ける「ゼロデイ攻撃」が可能になります。過去の指紋しか知らない従来のウイルス対策ソフトでは、AIが新しく生み出す未知の攻撃を入り口で防ぐことは不可能なのです。
2 金融機関もパニック?「秋には攻撃が始まる」
「指紋チェックがダメなら、ウイルスの『怪しい動き(ふるまい)』を検知してブロックすればいい」と考えるかもしれません。近年導入が進むEDRなどの「ふるまい検知」です。
しかし、攻撃側のAIはさらに賢く進化しています。ターゲットとなる従業員の普段の働き方を学習し、正常な業務のノイズの中に悪意ある行動を少しずつ混ぜ込んだり、パソコンに最初から入っている「正規の管理ツール」を操ったりして、セキュリティソフトに「正常な動作」だと誤認させてすり抜けてしまいます。
事態は極めて切迫しています。大手銀行は、これまで業務効率化など「攻め」に向けていたデジタル投資戦略の変更を余儀なくされています。日銀短観によると、サイバー攻撃への備えが急務となったことで、銀行業のソフトウェア投資額は2026年度に1兆979億円に達する計画です。
みずほフィナンシャルグループは5月にサイバー攻撃に対応するタスクフォースを組織し、あるメガバンク幹部は「秋には攻撃が始まる」と強い警戒感をあらわにしています。日本政府も、ミュトスの能力を重く見て「広範な攻撃」が起きることを前提とした対策体制の構築に乗り出し、重要インフラ企業へ注意喚起を行っています。
3 身代金を払っても「6割が復元失敗」の絶望
では、従来型の境界防御(お城の壁)をAIに突破され、内部に侵入されるとどうなるのでしょうか。その代表例が「ランサムウェア(身代金要求型ウイルス)」による被害です。
企業システムのデータを勝手に暗号化し、「元に戻してほしければ身代金を払え」と脅す手口ですが、現実は映画のようにはいきません。警察庁の調査などによると、攻撃者の要求に応じて身代金を支払っても、約6割の企業はシステムやデータを復元できていません。
さらなる悲劇は、「お金を払えば解決する」わけではないことです。身代金を支払うと「払えば要求に応じる企業」とみなされ、さらに要求を受けたり、別の犯罪集団から攻撃されたりして脅迫が続く恐れがあります。
「うちはバックアップを取っているから大丈夫」という言い訳も通用しません。社内のネットワークに繋がったままのバックアップデータは、本番環境と一緒に暗号化されてしまうからです。
まとめ:「入り口で防ぐ」という幻想を捨てる
これまでのサイバー防衛は「お城の周りに高い壁を作り、悪いものを入れない」という境界防御が基本でした。しかし、人間の限界を超えた速度と賢さを持つAIは、いとも簡単に正常な通信に擬態して壁をすり抜け、システムの内部を食い破ります。
「入り口で100%防ぐことは不可能」な時代です。
次回、【特集③】ではこの絶望的な状況を打破するための新常識、「システムは侵入されるもの」という前提に立って被害を局所化する「ゼロトラスト」と「多層防御」について解説します。
【参考文献】
『脆弱性1万件以上発見 「ミュトス」提供先の50社で』 2026年5月24日付 日本経済新聞
『大手銀利益5兆円の先(下)見えぬミュトスリスク デジタル戦略誤算、守りのAI投資に』
2026年5月21日付 日本経済新聞
『ミュトス対策、政府が策定 重要インフラに注意喚起 広範な攻撃前提の体制へ』
2026年5月19日付 日本経済新聞
『ランサム被害、復元失敗6割 身代金払っても脅迫続く恐れ データ 喪失対策が必要に』
2026年5月18日付 日本経済新聞

