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LR公式HOME 法人(経営) 第96回 壁が崩れた後の戦い方〜「ゼロトラスト」と「多層防御」で被害を局所化する

第96回 壁が崩れた後の戦い方〜「ゼロトラスト」と「多層防御」で被害を局所化する

2026/08/27

情報セキュリティ連載
第96回 試される人工知能の実力
【特集③】壁が崩れた後の戦い方〜「ゼロトラスト」と「多層防御」で被害を局所化する

はじめに:「100%の防御」という幻想からの脱却

前回の【特集②】では、「お城の周りに高い壁を作る」という従来の境界防御モデルが、もはや機能しない現実をお伝えしました。

AIを駆使し、完璧なビジネス文脈で正規の通信に擬態する現代の攻撃を、「入り口(ネットワークの境界)」で完全にシャットアウトすることは不可能です。

では、壁をすり抜けられる時代において、企業はどのように自社を守ればよいのでしょうか?

その答えは、「システムは必ず侵入されるもの」という前提に立ち、被害を最小限に抑え込む新常識、「ゼロトラスト」「多層防御」へのシフトにあります。

これまで多くの企業は、「社内ネットワークは安全、社外は危険」という暗黙のルールを信じてきました。

しかし、リモートワークが定着し、データがクラウド(SaaS)上に分散した2026年現在、その境界線は完全に消滅しました。

ここで登場するのが「ゼロトラスト」という概念です。これは文字通り、「何も信頼しない」というアプローチです。

社内からのアクセスであろうと、社長のIDからのログインであろうと、システムは常に「本当に正しいユーザーか?」「デバイスは安全か?」「このデータにアクセスする権限があるか?」を疑い、継続的に検証(インテント・ベリフィケーション)を行います。NIST(米国国立標準技術研究所)のガイドラインでも提唱されている通り、現代の防御における新しい境界線はネットワークではなく、「アイデンティティ(認証情報)」そのものへと移行しているのです。

ゼロトラストと並んで重要なのが、複数の防御網を張り巡らせる「多層防御」です。たとえ第一の壁(パスワード等)が突破されても、第二、第三の壁で被害の拡大を防ぎ、即座に「局所化」して復旧する仕組みです。

現在、Google WorkspaceやMicrosoft 365といった巨大クラウドプラットフォーマーは、莫大なAIの演算能力を駆使して、この多層防御の仕組みを標準提供しています。

❖自律的なランサムウェア検知と遮断(Google Drive)

最新のAIは、ファイルの同期プロセスをリアルタイムで監視しています。暗号化などの異常な挙動を検知した瞬間、システムが自律的に同期を「一時停止」し、クラウド上の健全なデータが汚染されるのを防ぎます。

❖バルク復旧(一括ロールバック)機能

万が一、ローカルのファイルが暗号化されても、過去25日〜30日間の任意の時点を指定し、健全な状態へ一括でファイルを復元(ロールバック)することができます。

❖メールの高度な脅威防御(ATP)

受信トレイに届く前に、AIがスパムやフィッシングを99.9%ブロックします。未知のファイルも「Security Sandbox(安全な仮想環境)」で実行・検証してからユーザーに届ける仕組みが稼働しています。「ランサムウェアに感染したら組織全体のデータが壊滅する」というかつての絶望は、クラウドのフェイルセーフ機能により過去のものとなりつつあります。

ここで、これまでの境界防御と、クラウド時代における次世代の防御体制の違いを整理してみましょう。

クラウドのAI防御がいかに優秀でも、攻撃者は「スパムフィルターを技術的に突破する」ことを諦め、「正規のユーザーを騙してIDとパスワードを奪い、堂々とログインする」という手法にリソースを集中させています。AIによる完璧な文面のフィッシングや、上司の声を模したディープフェイクなどがその代表例です。

つまり、技術的な防御の「最後の隙」となるのは、私たち「人間」の心理です。

システムによる多層防御を完成させるためには、年に1回の退屈なコンプライアンス動画を見るような従来型の教育(SAT)では不十分です。現代に必要なのは、従業員一人ひとりが「常に疑い、別の手段で本人確認(帯域外確認)を行い、脅威を能動的に報告する」という行動変容を促す「ヒューマンリスクマネジメント(HRM)」です。

人間をシステムの「最も弱い環」から、強固な「人間のファイアウォール」へと進化させること。これがゼロトラスト時代の最後のピースとなります。

「入り口で防ぐ」という幻想を捨て、「システムは侵入されるもの」と割り切る。その上で、クラウドのAIが提供する強力な「多層防御」で被害を局所化・即時復旧し、「ゼロトラスト」の思想でアイデンティティを厳格に管理する。

そして、最後の砦として「人間」の行動をアップデートする。

次回、【特集④】では、この「人間のファイアウォール」をいかに構築するか。従来のセキュリティ教育の限界と、最新の「ヒューマンリスクマネジメント(HRM)」の実践手法について深掘りしていきます。

【参考文献】

『「アジアの未来」 パネル討論 AIで進化するサイバー脅威と防御』
2026年7月9日付 日本経済新聞 NIKKEI FORUM

『アフラック個人情報流出、不正アクセスに2週間気付かず 件数440万人に微増、顧客に通知へ』
2026年7月14日付 日本経済新聞